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<<   作成日時 : 2008/02/17 08:27   >>

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さびしいかこわいか 知らんが
ほんまは
今や ひとりで死ぬほうが まだマシかも
そうなってきている

そう私は感じる

人の死にかたというか 死なせ方
ひどすぎる あんまりだ
みんな なんとも思っていないのだろうか?

いや連日の殺人の話じゃあない
寿命まっとうして亡くなる人のばあいの話だ

「ちりとてちん」の師匠がとうとう亡くなっってしまったが
あれ疑問なのは 酸素吸入器をつけない状態でなくなっていること
ドラマやからなぁー とはいうものの・・・
あ いや「そんなんいらん!」と強く断ったのかなー??
でも年齢的にまだ死ぬ年じゃあないので
それ許されないんじゃないか?


夫の父が無くなって はや3年だが
亡くなったそのことよりも その死なせ際が
思い出すとつらくてたまらない

とうとう今夜か・・・という夜
子も孫も集まって ついにお別れか・・
と 思ったのだったが
酸素吸入器で無理やり息をさせられて
それから二晩持ったのだ

もはや意識は無いので本人はわからんというが
無理やりぱくぱく息をさせられる様子は ものすごくしんどそうだったし
人間の尊厳をずいぶんと冒しているように思った

集まった家族は
すでに自分の中でお別れをしてしまったし
本人はもう喋るわけでもないのだから
あとはもう「時間待ち」しかない
だんだん飽きて疲れてもきた
「もー・・いいんじゃない?」
というか

とうとう終わった時には「ほっ」としたと思う
あんなしんどそうな目にあっているのを見ているのもつらいし
もうあまり意味無く時間を過ごしている気しかしなかったし

いまの日本人は 
こんな死に方をしないといけない

肉親ではない私とちがって
息子や妻は
あのほうが よかったのだろうか?
「もしかしたら生き返るかも」
かすかにでも思ったのだろうか?

ほんとうはみな 
もうやめて欲しいけれど
自分だけの問題じゃあないから言えないだけじゃなかったか?


私の祖父は1973年6月に自宅の床で亡くなった
「畳の上で死にたい」という言い方は まだ現役 
そのとおりに終わる人も多かったからね
祖父は自宅の階段で転んだために立ち上がれなくなり
そのまま数日寝込んで ほぼ老衰でなくなった

今ならば 
これはいかんでしょう という段階で病院だろう

私の父は同じ年の10月に病院で亡くなった
こちらは数年の癌治療のあげくなので
病院でだったのは いたし方なし

私は結局 死に際に間に合わなかったが
「人が死ぬときって すぅっ と終わるね」
と側にいた人が言っていたから
酸素吸入器はついていなかっただろう

1973年の状況
あの時代に死ねた人は 今から思うとよかった
父がもしも今まで生きて寿命となり
酸素吸入器でぱかぱかいって死なされるのだとしたら
私はとても我慢できない気がする


もうとても持たない死に際にも酸素吸入でぱかぱか
目をむきそうな息をさせるという延命治療は
いろんな意味でずいぶんひどい行為だとしか言えないと思う

人と人の社会が壊れてしまった(もうすでに壊れているでしょ?)
こういうのは 間違いなくひとつの遠因だと思う


それでも もはや これをやめられないのなら
ひとり孤独に耐えて死んでいくほうが 
ずっと人間らしいのじゃないのかな





 




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